菊田 早苗

菊田早苗 氏名:菊田 早苗/Sanae Kikuta
生年月日:1971年9月10日
出身地:日東京都練馬区出身
星座:おとめ座
身長・体重:176cm/89kg
足のサイズ:28cm
血液型:A型
兄弟姉妹:姉と兄
出身校:明大中野高校 日体大中退
格闘技歴:柔道8年、総合格闘技13年
タイトル:
高校柔道国体優勝
トーメントオブJ96、97重量級優勝
アブダビコンバット2001優勝
第2代パンクラスライトへビー級王者


好きな音楽
ギルバートオサリバン、エルトンジョン、ビリージョエル、ポールマッカートニー
特技:料理レパートリーが多数
趣味:海外旅行 音楽観賞 食べ歩き
宝:グラバカメンバー、写真、日記
尊敬する人:両親
好きな女性のタイプ:ショートカット、ポッチャリ、影のある人
初恋:多分、幼稚園
小学生の頃の思い出:
移動教室が嫌いだった。モテなかった。
好きな車(又はバイク):
ロータスエスプリ、M3
好きな食べ物:杏仁豆腐、油っこいもの
嫌いな食べ物:ない
将来の夢:
オーストラリアでのんびり暮らしたい。
万が一格闘家になっていなかったら:まずい事になっていたかも…。理想はミュージシャン、現実的にはラーメン店経営。



 小学6年で憧れだった初代タイガーマスク、佐山サトル氏のスーパータイガージムに入門。同ジムに通いながら中学では柔道部に所属し3年で関東大会中量級で優勝。
高校でも国体団体戦86㎏級で優勝をおさめ日体大ではオリンピック金メダリスト、古賀稔彦氏の指導をあおぐ。菊田の格闘人生は順調かのように見えたが、夢であったプロレス団体に入門するもすぐに挫折。そして、その後選らんだ道は、オーストラリア、スタンザマンのジムでの修行。1年間の海外修行を経て帰国した菊田は24歳。その年、全日本アマチュアシュートボクシング大会重量級で優勝。1996年3月には、ジャケット着用の総合格闘技「ザ・トーナメント・オブ・J」において、見事、優勝候補イーゲン井上を2回戦で破り優勝を決めた。


 正式なプロデビュー戦となったのは、バーリトゥードジャパン96。そして翌年、オール一本勝ちでJ2連覇を果たすと、リングス、修斗、プライドと、様々なリングに上がり続ける。「プライド2」でのヘンゾグレイシー戦では、50分を越えるロングファイトも経験した。
1999年4月、パンクラスに電撃入団。初戦を僅か1分20秒で1本勝ちし世間に実力を見せつけると、2000年には「UFC-J」に出場し勝利。同年7月にはGRABAKAを立ち上げ、パンクラスマットに旋風を巻き起こす。そして2001年4月、寝技世界一の称号「アブダビ・コンバット88㎏級」では前人未到の日本人初優勝を飾る。(女子の部を除く2008年現在も)同年9月、空位になったライトヘビー級キングオブパンクラシストのベルトをめぐり美濃輪育久との死闘の末、2RTKOでパンクラス頂点を極める。 2002年には4年振りのプライド参戦で勝利。同年8月にはレジェンドに参戦し、当時無敵を誇ったノゲイラと対戦、約15㎏の体重差をものともせず、一進一退互角の寝技を繰り広げた。


 2002年12月、東中野に念願のGRABAKA初のジムを立ち上げ、2003年には「キングオブパンクラス」のタイトルマッチで近藤有己と対戦。死闘の末、ドロー防衛となった。その半年後に行われたタイトルマッチでは、同じく近藤と対戦し王座から転落する。
2005年5月にはパンクラスから独立。独立後、初戦となった「プライド男祭り」では、「寝技世界一対柔道金メダリスト」という構図の中、瀧本誠相手に何もさせず圧勝した。2006年11月、プライド武士道に参戦し勝利すると試合からしばらく遠ざかる。2008年3月には新団体「戦極」でのフィルバローニ戦で久しぶりの試合が発表されるも、バローニの負傷欠場により試合は流れた。しかし、同年6月「戦極.第三陣」にて、イギリスのケージレイジチャンピオンクリス・ライスと対戦し、腕十字で見事勝利。1年7ヶ月ぶりとは思えぬファイトでベテラン健在ぶりをアピールした。
 2009年1月4日「戦極の乱.2009」では、柔道時代からの先輩である、吉田秀彦と対戦。
本来であれば一階級上の相手をグラウンドの攻防にて圧倒すると、日本人重量級のトップ対決、そして道場の長対決という闘いを見事制し、吉田に対日本人初黒星を付けた。
 熟練された技にも更に磨きがかかり、まだまだ活躍の場を探し求める菊田。ベテラン格闘家の一人として今後のビックマッチに更なる注目が集まる!



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